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最高裁判所第三小法廷 昭和42年(あ)2228号 決定 1969年2月14日

本籍

兵庫県川西市寺畑字北ノ山一八番地の二八

住居

右同市花屋敷一丁目三一番二五号

会社役員

中地新吾こと

中地新樹

大正五年二月一四日生

右の者に対する所得税法違反被告事件について、昭和四二年八月一八日大阪高等裁判所が言い渡した判決に対し、被告人から上告の申立があつたので、当裁判所は、次のとおり決定する。

主文

本件上告を棄却する。

理由

弁護人大井勝司、同松本武裕の上告趣意は、事実誤認、単なる法令違反の主張であつて、刑訴法四〇五条の上告理由にあたらない。また記録を調べても、同法四一一条を適用すべきものとは認められない。

よつて、同法四一四条、三八六条一項三号により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 松本正雄 裁判官 田中二郎 裁判官 下村三郎 裁判官 飯村義美)

昭和四二年(あ)第二二二八号

被告人 中地新樹

弁護人大井勝司、同松本武裕の上告趣意(昭和四二年一一月二日付)

原判決には判決に影響を及ばすべき重大な事実の誤認がありこれを破棄しなければ著しく正義に反するものと思料する。

その理由は左のとおりである。

本件において主たる争点となつているのは

一、横浜関係土地の売買について (1)被告人の所得金額は幾らか、(2)被告人は右所得に対する所得税を逋脱する犯意があつたのか否か、

二、大阪関係土地の売買は、被告人及び田中千代子が別個独立の計算によつて行つたものか、或るいは田中千代子は単なる名義人に過ぎず真実は被告人単独の計算において行われたものであるか、

の諸点であるが、これに対する一審判決と原判決とを対比してみると、右の争点についての判示が、文章・用語に至るまで殆んど全く同一であることに奇異の感を抱かざるを得ない。

弁護人はその控訴趣意書において、一審判決中、右の争点に関する事実誤認の内容を詳細に指摘し、夫々証拠に基いてその理由を主張し、原審の判断を求めたのであるが、原判決は単に弁護人の控訴の趣意を摘示したに留まり、これに対する判断としては、一審判決と文章・用語の末節に至るまで全く符節を合した判示をなしているのであつて、その判決の体裁のみからすれば、原審が控訴の趣意につき独自の判断を示したものとは受け取ることができず、被告人としては到底納得し難いところであり、事実誤認のみの趣意により敢えて上告した理由もここに存するのである。

従つて本件の上告趣意は、一審判決に対する控訴趣意書をそのまま引用すれば足りるものとも思われるのであるが、改めて控訴趣意書の要点を敷衍した意見を開陳し、御判断を抑ぐこととしたい。

第一点 横浜関係土地の売買について、

控訴趣意書において主張した事実誤認の第一点及び第三点は、何れも横浜関係土地の売買に関するものであり、第一点はその所得金額を争うもの、第三点は右所得に対する所得税逋脱の犯意がなかつたことを主張するものである。即ち基本的には被告人に所得税逋脱の犯意がなかつたことを主張し、仮にこれが認められないとしても、その所得金額の認定に誤認のあることを指摘しているものであつて、控訴趣意書の第一点・第三点の順序が逆になつているのは、一審判決の判示の順序に従つたまでに過ぎない。

しかして横浜関係土地の売買について、その事実認定を左右する根底となるのは、本件の重要な証人である遠藤勇、中要の各供述と、被告人の供述とを比較検討し、その何れを信用するかの判断に帰着するものと思料されるのであるが、このことは前記第一点及び第三点に共通する点が多いので、便宜これを一括して意見を述べる。

(一) 土地の仕入価額について、

被告人は本件土地の仕入価額を、売買一覧表(証一一号)及び土地買付資金等判取帳(証一二号)の記載に基き、九三三〇万三三二〇円と主張しているのに対し、一審判決及び原判決は八三三五万七五五〇円であると認定している。その証拠として挙げているのは多岐に亘るが、その基本となる判断は、両判決共に「右の売買一覧表は単なる買取見込予定表に過ぎず、また判取帳は後日精算の予定された包括的買付資金の交付を証するものにほかならない」ということに帰する。しかして両判決が斯かる判断をなしたのは、主として遠藤勇・中要の供述を採用したことによるのであるが、この点に関する両名の供述に幾多の不明確な点や、矛盾、誤謬、虚偽の存することは、控訴趣意書において詳細に両名の供述を摘示し、他の証拠と比較検討して原審の判断を仰いだところである。(松本弁護人控訴趣意書第一点の一の(一)乃至(三)・大井弁護人控訴趣意書第一点の(ヘ)(ト)参照)

しかるに原判決はこれらの点について聯かも触れることなく、僅かに証一四号の領収証に関し、一審判決の「遠藤勇の大蔵事務官に対する質問てん末書に対比し」とあるのを、「証人遠藤勇の当審公判廷における供述に対比し」と変更したのみで、一審判決と全く同一の文章・用語をもつて弁護人の主張を排斥していることは、両判決を対照し明白である。

よつて控訴趣意書のこの点に関する記載を引用し、同様の理由に基いて原判決の事実誤認を主張する。

(二) 残地について、

本件の売買から生じた所謂残地について、被告人は取引の当初から遠藤勇の自由処分に任したものであつて被告人の所有ではないから、これを期末たな卸に計上すべきものではないと主張しており、遠藤勇の供述と齟齬しているのであるが、この点につき一審判決は「残地の件に至つては前記売買一覧表の記載形式によつても、また土地売買の一般取引からみても理解し難いような、新幹線軌道用地のみの買付でこれ以外の部分は全く買付けていないと供述するなど、全く合理性を欠く供述に終始しているのであつて、前記認定事実と併せ考慮し、到底これを信用することができない」として被告人の主張を排斥した。

この問題に関する被告人及び遠藤勇の供述は必ずしも明確ではないが、法律上この残地を何人の所見と見るべきかは別として、少なくとも被告人の心境としては、自分の所有地とは考えていなかつた理由を控訴趣意書に縷々記載し、且つこの点を明確にするため、遠藤勇を証人として申請したのであるが、原審は他の証人申請と共に即時却下して結審し、判決言渡を二回延期した後弁論を再開し、前記の証一四号の領収証のみにつき、職権をもつて遠藤勇を尋問したのみで、残地の処分等につき深く解明することなく、これまた一審判決と同文同語の判示によつて片付けているのである。

殊に一審判決と同様、被告人は遠藤に支払うべき買付手数料を右の残地をもつて決済したと認定しているのであるが、大井弁護人控訴趣意書第一点の(チ)、松本弁護人控訴趣意書第一点の二にも詳細記載したとおり、遠藤勇の主張する買付手数料未払約一〇〇〇万円は、日本開発株式会社が西武鉄道株式会社のために買付けた土地に関するものである。若し西武鉄道株式会社関係の手数料未払分を、被告人所有の残地をもつて代物弁済したものとして斯かる認定をしたのであるなら、先ずその前提として、西武鉄道株式関係の手数料を被告人個人として負担すべき理由を示し、且つ代物弁済の具体的な時期及び手続を明確にすることが必要である。

しからざれば、遠藤勇のなした残地の各処分については、背任または横領の嫌疑を生ずる結果になるものと思料する。

(三) 所得税逋脱の犯意について

被告人は一審において、本件の土地売買による利得の申告がおくれたのは、申告に必要な契約書、領収証等の資料が手許になかつたためであつて、その所得税を逋脱する意図があつたものではないと主張したのであるが、一審判決は数点の理由を挙げてこれを斥けた。

よつて控訴趣意書(大井弁護人第三点の(イ)乃至(ヘ)、松本弁護人第三点の一乃至六)は、一審判決の挙げた理由につき一々証拠に基きこれを反駁したのであるが、原判決は例によつて殆んど同文の判示をもつてこれに答えているので、原審も一審と全く同じ理由により斯かる判断をしたものと推測せざるを得ない。

(1) 被告人が本件土地売買による所得税の軽減を図るため、中要、遠藤勇等と屡々協議し、その方策を検討したことは事実であるが、現在の所謂重税時代において、国民が課税の軽からんことを願つて、その方法を研究することはやむを得ないところであり、不正な方法によらない限り、必ずしも咎むべきことではなく、これをもつて、当初から逋脱の意図が存したことの証拠とすることは妥当でない。

むしろ納税の意思があつたればこそ、その軽減方策を協議したのであつて、若し逋脱の意思があつたとすれば、土地収用証明書等による軽減方策を研究する必要もなかつた筈である。

(2) 被告人は昭和三七年二月中旬頃から、所得税申告のための関係資料の整理にかかつたのであるが、横浜関係土地の取引の実務は中要と遠藤勇が中心になり、書類の作成も同人等の手によつて行われていたので、被告人としては詳細なことが判らず困つていたところ、三月上旬頃中要から「社長には判らない点もあると思うから、自分の手で整理したいので資料を渡してくれ」との申し出があり、その頃まだ中要を信用していた被告人は、宝塚市内の水明館において、持参していた契約書、領収証等を中要に交付したのである。

元来、個人間の取引なら兎も角、準国家機関である国鉄に売却した土地について、これによる所得の脱税を図ることが極めて困難なことは言うまでもない。被告人も永年の経験による斯かる事情は熟知していた筈であり、さればこそその軽減策を研究する一方、申告のための資料整理を中要に依頼し、資料を同人に交付したのである。

しかるに中要は、何故か申告期限ぎりぎりの三月一五日正午過ぎ、資料を被告人に返送した。被告人は折柄外出中であつたため、右資料を入手したのは同日午後七時頃であつたと述べており、これを覆えす証拠は存しない。

被告人は中要から返送された資料は、前に同人に交付したものとは全く別物であつたと主張しているのであるが、この点は別としても、数十件に上る複雑な土地売買の所得申告について、一審判決及び原判決の言う如く「契約書及び領収証等の資料を精査検討し、更に経費等を調査すれば、正確な数額を確認できる状況にあつた」と認めることができるであろうか、極めて疑問である。少なくとも、申告期限までに申告することが、殆んど不可能であつたことは常識上明白であり、原判決がこれに対し「専ら課税額の軽減をはかつてその差額を不正に逋脱せんことを企図し、右申告期限にこれが所得につき申告をしなかつたものと認めるのが相当である」と判示しているのは、聯か酷な判断であると言わざるを得ない。

(3) 原判決は逋脱の犯意を認定する一つの根拠として、申告期限後間もないうちにも、被告人が再び遠藤勇等と課税額を軽減させる方法につき検討を続けていたことを挙げているが、遠藤勇(昭和四〇年一月二〇日付検事調書)、小池正治(昭和四〇年二月二日付検事調書)、及び被告人(昭和四〇年二月二六日付検事調書)らの各供述によつて明らかなとおり、被告人は申告しないで済ませる方途を協議したものではなく、税の軽減のため土地収用証明書を使つて申告する方法はないかということを研究したのであつて、当時逋脱の意思のなかつたことの証拠にこそなれ、犯意を認定する証拠とはなし難い。

被告人は前記の如く、申告期限後においても課税の軽減策を検討する一方、申告のための資料を入手すべく努力していたのであるが、昭和三七年一〇月、他の事情のため渡米し約一年間滞在することになつたので、内妻田中千代子の実子田中貞義に後事を託し、田中貞義は昭和三八年七月一九日伊丹税務署に修正申告書を提出し、その分の所得税一二〇〇万円を納付したのである。

被告人の修正申告が一年余も遅延した主たる原因は、税法に対する知識に乏しかつたことと、申告のための資料が揃わなかつたことである。殊に所得税法や租税特別措置法が、法律専門家にとつてさえも極めて難解であることは周知のところであり、そのため申告が半年乃至一年以上も遅延することは、世上決して珍しいことではなく、仮にこれが税法上違反になる場合でも、一旦修正申告をして納税すれば税務当局においてもこれを認め、違反の点を不問に付するのが通例である。

被告人の場合、もとより遅延の責任はあるが、国税局の査察が開始される以前において、既に修正申告をなし且つ納税を済ましている事実は、その犯意の存否を判断する上において、重要なポイントであると思料する。

(4) 原判決は逋脱の意図を認定する根拠として、被告人の検察官に対する昭和四〇年二月二七日付及び三月一日付供述調書を挙げ「十分信用するに足る」と判示している。

被告人は右供述調書において「横浜関係についても申告しなければならないと思つており、また申告しようと思えば、中要の作つた売買一覧表が手許にあつたから、それを元にして期限迄に申告できたのである。申告しなかつた真の気持は、横浜・大阪の土地売買の利益は八丈島、吉原などの土地購入に注ぎ込んで仕舞い、更に西武鉄道から一億五千万の借金があつて、税金を払う余裕がなかつたので、三月一五日は殊更申告しなかつたのである」と述べている。

被告人の右供述の信憑性については大井弁護人提出の控訴趣意書第三の(ト)に、被告人が斯かる供述をなすに至つた経緯を説明しているが、その経緯は別問題としても、被告人は従来の取調に対し「三月一五日に中要より送付された契約書、領収証等を受取つたが、それは自分が中要に渡したものとは全く別物であり、金額等も自分の売買したものとは違つていたので、ついに申告できなかつた」との趣旨を強く主張していたのである。その被告人が、中要より送付された契約書、領収証等の真偽の問題については何等供述することなく、卒然として「税金を納める金の余裕がなかつたから申告しなかつた」と供述したとしても、その供述の内容自体からみて、逋脱の犯意につき真の自白をなしたものとは、到底認めることができないものと信ずる。

これを要するに、横浜関係土地の売買については、遠藤勇、中要の供述と被告人の供述とが著しく対立している。もとより被告人の供述にも矛盾や不明確な点があるのであるが、一方遠藤勇、中要の供述には前記のような重大な誤謬が存するのである。その何れを措信するかは裁判所の判断に任されているところではあるが、原審において深く真相を追及することなく、たやすく一審の判断を維持し、判決の内容・形式ともに一審判決を全くそのまま踏襲していることは、実質的には、控訴趣意に対する審理不尽または判断の遺脱とも言い得るのであつて、到底承服し難いところである。

第二点 大阪関係土地の売買について、

この点に関する控訴の趣意は、被告人及び田中千代子は夫々別個独立の計算において、大阪市東淀川区中島町七丁目に所在する土地を花原政次より購入し、約一年後に国鉄に売却したのであるのに拘らず、一審判決が右は被告人単独の取引であつて、田中千代子は単なる名義人に過ぎなかつたものと認定しているのは、重大なる事実の誤認であるということに帰する。

この控訴趣意に対し、原判決は一審判決と全く同一の理由を挙げてこの主張を排斥しているので、便宜上控訴趣意書の記載を引用し、これを敷衍して意見を開陳する。

一、本件の土地は、当初大鉄土地株式会社で買付ける計画であり、同社の代表者である被告人らにおいてその所有者と交渉していたところ、所有者が個人相手でなければ売却しないというので、結局被告人が個人の資格で買受けることとし、これを他に転売した際の売上げの一定割合(二割五分)を、同会社に手数料として納入することを条件に、同会社より買付資金として約四〇〇〇万円の融資がなされたことは、原判決認定のとおりである。

原判決が一審判決と同様に、右の経緯を判示の冒頭に掲げていることからみると、両判決共に右の経緯をもつて、本件の取引が被告人単独のものであることの一つの根拠としているものと思われるのであるが、当初は右認定の如く被告人が単独で売買する計画であつたとしても、その途中において田中千代子がこれに加わり、両名各自の計算によつて取引することになつたとしても、両名の内縁関係、特に被告人の田中千代子に対する従来の負債関係等の事情からすれば、何ら不自然ではなく、また同会社との関係も、会社に対しては被告人が責任を持つことになつているのであるから、被告人と田中千代子との内部関係において、両名が夫々別個に一部分宛の土地を売買したとしても、格別支障のないところである。

二、原判決は前記認定の根拠の一つとして「本件土地の買付に際しては右の資金が投入され、すべて被告人においてその衝に当つたもので、田中千代子は僅かに昭和三五年一月頃一回、被告人に同伴して所有者方へ行つたことがあるに過ぎず、売主側もすべて買主は被告人であると信じていた」と判示している。

田中千代子が売主側と直接折衝したことがある否かは争いのある点であるが、それは暫く措くとして、本件のような土地の売買に際し、自ら売主と折衝することなく、経験の豊かな者に仲介を依頼することは世上の通例であり、田中千代子が内縁の夫であり且つ土地売買の経験者である被告人に一切を任していたとしても、何ら異とするに足らないところであるから、原判決の判断の主たる根拠となつたのは、売主側の花原政次が「買付の名義は色々になつているが、取引の相手は中地新吾であり、中地が買主である」と供述していることにあると推測される(花原政次の昭和三九年二月三日付及び二月二九日付の質問てん末書、昭和四〇年二月一六日付の検事調書)。

しかしながら

花原政次の右二月三日付質問てん末書中の一覧表、

長谷川渉の昭和四〇年二月一三日付検事調書第二項において示された買取明細等の価額表(証三一五号)、

被告人の昭和四〇年二月一七日付検事調書において示された売渡明細等価額表(証三一五号、これは長谷川渉に示された表と同一物と思われる)、

を対照し綜合すれば、当時被告人が花原政次と折衝して買入れた土地は、本件の合計一、二一二坪だけではなく、被告人は西武運輸株式会社常務取締役大串静雄に依頼され、その仲介人として、花原政次の所有しまたは管理する土地合計一、〇七三坪を買受け、西武運輸株式会社に引渡しているのである。(花原の質問てん末書の一覧表中、西中島七丁目の一一番地、五五番地、四八番地、五三番地、五三番地の一の合計五筆と、証三一五号とを照合すれば明白である。なお証三一五号によれば、被告人が西武運輸の仲介人として右以外に附近の土地を買付け、西武運輸に引渡したのは合計約三千数百坪である。)

しかして花原政次は、この西武運輸関係の売買をも含めて「売却の相手方は全部中地新吾に間違いない。登記の名前が中地以外の人になつていても、私が取引した時の相手方は中地という人であつた。契約書の買主は色々になつているが、全部相手方は中地新吾である」旨を供述している。花原としては取引相手側の内部事情を知らないのであるから、直接交渉した相手を一応買主と考えるのはやむを得ないことかも知れないが、その主観的な見解のみによつて、相手方を実際の買主であると断定できないことは言うまでもないところである。

現に花原が被告人を取引の相手として売買した土地の中、前記の一、〇七三坪の買主が西武運輸株式会社であつて、被告人はその単なる仲介人に過ぎなかつたことは一点の疑いもない。

しからば花原政次との土地売買において、同じく被告人が取引の相手方となつた西武運輸関係について、被告人を買主ではなく仲介人であるとするなら、田中千代子関係について、被告人を買主でなく仲介人であると認めても決して不合理ではなく同じ形態の取引において、田中千代子の分のみにつき同人を単なる名義人に過ぎないと見るのは独断である。

なお原判決は「右土地を国鉄に売却するに際しても、その交渉は一切被告人が担当した」と断定しているが、被告人及び関係者の供述を排斥して斯く認定した根拠は明らかでなく、また仮に被告人がその交渉を担当したとしても、これによつて直ちに国鉄えの売主はすべて被告人であると断じ難いことは、買入れの場合と同様である。

三、原判決は前記認定の根拠の一つとして、昭和三七年二、三月頃花原政次が、税金軽減のため所謂圧縮した価格で申告することを被告人に依頼し、その協力費の名目で交付した一三五万円を、すべて被告人において取得している事実を挙げている。

この一三五万円の問題は、単に本件土地の売買を被告人単独のものと認定する根拠にされているばかりでなく、恰も被告人が協力費名下に花原を欺罔したかの如き同人の供述があり(昭和四〇年二月一六日付検事調書)、また検事においても詐欺または恐喝の嫌疑で取調をなした事実があるのであつて、このことが裁判官の心証にも不利に影響しているものと思われるので、その事実関係を明らかにしたい。

花原政次が売却した土地の真実の価額は、同人の供述により明らかなとおり

被告人名義の分 (六三二坪)、 一八、九六〇、〇〇〇円

田中千代子名義の分 (五八〇坪)、 一六、二八一、〇〇〇円

であるが、被告人等が花原との約束に基き、昭和三七年三月十四日税務署に申告した所謂圧縮価額は

被告人名義の分 七、三八四、六一五円

田中千代子名義の分 五、八〇三、四二八円

であつて、両名合計で約二、二〇〇万円を圧縮したことになる。

なおこの点につき花原は昭和三九年二月四日付の質問てん末書において、「圧縮した嘘の金額で申告をすればよいと中地から聞いていたので、中地から教えられたとおり圧縮した値段で嘘の契約書の方で申告した」と述べているが、昭和四〇年二月二三日付の検事調書では「私はかねてから法人に売却すれば売渡代金が圧縮されないので、個人に売るつもりでした」と供述しており、圧縮申告により利益を受けるのは花原であることを考えると、斯かる虚偽の申告をするようになつたのは、花原の依頼に基くものであつて、被告人の入知恵ではないことが明らかである。

即ち被告人と田中千代子は、斯かる圧縮した仕入価額で申告することにより、国鉄えの売却による所得額が実際より増加し、課税上著しい不利益を蒙る反面、花原政次は多大の利益を得る道理であつて、前記の如く約二、二〇〇万円を圧縮して申告した結果、所得税・地方税を含め、少くとも約六〇〇万円の課税を免れた訳である。

しかるに何人かの投書によつて、昭和三八年十月頃から被告人に対する国税局の査察が始められ、その過程において花原の隠匿していた真実の契約書も発見され(昭和三九年二月二九日付質問てん末書)、その結果、被告人等と共に花原も更正決定を受けるに至つたものであつて、昭和三七年二、三月当時において、被告人が圧縮申告してやると称して協力費名下に一三五万円を詐取したものではなく、またこれを利用して花原を恐喝したものでもないことは極めて明瞭である。

被告人は右のとおり、花原の依頼を受けて圧縮申告することにより、課税上多額の損失を蒙つているばかりでなく、元来本件の土地売買による利益は、被告人が独占できる筈のところを、田中千代子との従来の特殊な関係から、同人にもこの取引に参加する機会を与え、売買の折衝や手続など一切を自分の手で処理した上、約八〇〇万円の利益を田中千代子に均霑せしめているのであるから、右の一三五万円を独り占めにしたとしても、田中千代子との関係ではさまで問題にされる事柄ではなく、これをもつて田中千代子は単なる名義人に過ぎないと認定する一つの根拠にすることは、その理由極めて薄弱であると言わなければならない。

四、原判決は、被告人及び田中千代子の右認定に反する供述を斥ける理由として、両名の一審公判廷における各供述が細部に微妙な食違いがあるほか、被告人の検察官に対する供述とかなりの懸隔があつて、何れも措信し難い旨を判示している。

なるほど右の各供述を比較してみると、被告人が昭和二六年頃田中千代子から借用したという金額、及び昭和三五年一月頃利息をつけて田中に返済したという金額には、相当の食違いがあるが、本件の土地を買入れるに際して、田中が被告人から返済された金と、融資を受けた金の合計一、七〇〇万円をもつて、五八〇坪を買受けたという基本の供述は両者一致しており、六、七年前の事実についての金額を、記憶を辿つて述べたものであることを考慮に入れると、原判決の指摘するような著しい食い違いであるとは言い難いものと思料する。

五、本件の土地は昭和三六年五月国鉄に売却した。

被告人の売上高は三四八三万三一九八円であり、大鉄土地株式会社に対し約束の二割五分に当る約八七〇万八三〇〇円を金利・手数料として支払つた。

田中千代子の売上高は三一九八万九四六八円であり、若し同会社に対し約束の二割五分の金利手数料を支払うとすれば、七九九万七三六七円となる訳であるが、田中千代子が実際に支払つたのは七〇六万四四〇〇円であつた。その理由は次のとおりである。

最初大鉄土地株式会社が買入れ計画をした土地は、西中島七丁目五〇番地の三〇〇坪・五六番地の三三二坪・五八番地の三七二坪・五一番地の一四〇坪の四筆であり、被告人と共に片岡孝雄及び田中千代子の実子田中貞義の両名が折衝に当つたのであるが、前記の如く法人には売却しないというので、被告人の個人資格で取引することとなり、これに田中千代子も加わつて両名別個の計算において売買したのである。

しかして被告人は五〇番地・五六番地の合計六三二坪を買入れ、田中千代子は五八番地・五一番地の合計五一三坪の外に、別個に七六番地の六七坪をも購入したのであつて、両名はその所有権移転登記を済ました後、当初の約条に基き各両人名義の権利証を同会社に差入れた。同会社としては、田中が同社に無関係である上に、会社の計画外であつた六七坪をも買入れているので、その取扱いにつき異議を述べる幹部もいたのであるが、田中が被告人の内妻であり、会社との決済等は被告人が責任をもつて履行するというので、右の六七坪を除き田中の分も被告人と同様に取扱うことを承認したのである。

かくして昭和三六年五月両名は右の土地全部を国鉄に売却し、その代金は、第一回分として被告人に対し二三七五万二七六四円(二筆合計六三二坪分)、田中千代子に対し二一八一万三六二四円(三筆合計五八〇坪分)が、何れも日本銀行の金券をもつて支払われたので、両名は約条に基き、一緒に会社に赴いて夫々の金券を入金した。

しかしながら田中千代子の金券の中には、前記の会社の関知しない六七坪分も含まれていたので、その分に相当する二五四万四六九六円については、会社の小切手をもつて即日田中千代子に返還した。従つて田中が会社に支払つた金利手数料は、右の六七坪を除いた二筆合計五一三坪の売上高二八二五万七六九六円の二割五分に相当する七〇六万四四〇〇円となつた訳である。

田中千代子は会社から返金された右の二五四万四六九六円の中から二〇万円を手許におき、残金は予て取引のある三和銀行池田支店の普通預金口座に入金しているのであつて、以上の経過は、大鉄土地株式会社及び三和銀行池田支店の関係帳簿により十分証明されているところである。

なお被告人と大鉄土地との関係は、国鉄の第二回支払の後に完済されており、被告人と田中千代子との貸借関係も、両名の間で清算されている。

右の経過からしても、被告人と田中千代子が、別個の計算において本件の土地を売買した事実が窺知できるものと思料する。

右の諸点を綜合すれば、本件土地の売買は、被告人と田中千代子が、別個独立の計算において行つたものであることが明瞭である。

本件の取引が行われた当時、被告人と田中千代子は内縁関係にあり、しかもその後正式に結婚しているので、本件土地の売買についても、田中千代子は単なる名義人に過ぎないものと誤認される結果になつたものと推測されるのであるが、当時両名は内縁関係にあつたとはいいながら、田中千代子には実母と子供があつて、日常の生計も被告人とは別個に行つていたのである。

元来親族法上は、同居の夫婦の間においても所謂別産制が現代の法則であり、夫の財産を便宜上妻名義に切換えただけでも、贈与税等が課せられる建前になつている。

従つて夫婦が同一機会に同種の土地を売買する場合においても、夫々の名義で取引する以上、別個の計算で行われるものと見るのが原則であり、妻を単なる名義人と断ずるためには、これを証明する特別の事実の存在することを要するのであるが、一審判決及び原判決の挙示する理由をもつてしては、右の特別の事実の存在を肯認せしむるに足らない。

本件の一審においては、横浜関係土地の売買についての審理に重点が置かれたためか、大阪関係土地の売買については審理が不十分であり、殊に重要な証人である花原政次も喚問されておらず、これが事実誤認の大きな原因であると思料されたので、弁護人は原審において花原政次の証人尋問を申請し、

(1) 花原が西武運輸株式会社に合計一、〇七三坪を売却した事実の詳細

(2) 花原が「取引の相手はすべて中地新吾である」と述べているのは、実際の買主が中地であるという意味か、或いは単に取引の折衝の相手が中地であつたという趣旨か、

(3) 被告人に対し圧縮した価額で申告することを依頼し、その協力金名下に一三五万円を交付した経緯 等の事実を明確にする必要のあることを強調したのであるが、裁判所はこれを却下し「本件土地の登記簿謄本における所有名義如何は、右認定を左右するものではない」として、被告人の一審以来の主張を一蹴しているのであつて、到底承服し難いところである。

以上何れの理由から判断しても、原判決には判決に影響を及ぼすべき重大な事実の誤認があり、これを破棄しなければ著しく正義に反するものと思料する。

以上

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